2026年度(令和8年度)から、子ども・子育て支援法に基づく新たな法定給付制度「入児等のための支援給付」として全国展開される「こども誰でも通園制度」 。試行的事業を経て、制度の細部がどのように詰められてきたのか。
保育施設の経営者・運営責任者の皆様が注視すべき「公定価格」「人員基準」「事務負担」の議論の経過を、検討会の議事録から徹底解説します。
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3分で分かるこの記事のポイント
- 法定給付への移行: 2026年度より全国の自治体で実施される。従来の予算事業から「入児等のための支援給付」という強固な制度へ格上げされる 。
- 公定価格の具体案: 2025年度(令和7年度)より、0歳児単価1,700円(案)など、経営の持続可能性を考慮した引き上げが提示されている 。
- 「初回面談」の義務化: 安全管理と信頼構築のため、事前の面談が内閣府令で義務付けられる方向。オンラインは例外とし、原則対面が求められる 。
- DX化の光と影: 国主導の「総合支援システム」により予約・請求の効率化が進む一方、既存システムとの二重管理や現場の初期対応コストが課題 。
- 自治体独自の成功モデル: 福岡市の「月40時間・定期利用枠」など、経営の安定と利用者の安心を両立させる独自ルールの有効性が報告されている 。
- 無資格者への研修要件: 保育士資格を持たない従事者には新研修コースが必須となるが、2026年度は経過措置が設けられる見通し 。
【第1回検討会:2024年夏】制度の骨格提示と「現場の危機感」
第1回検討会では、試行的事業から本格実施に向けた基本的な枠組みと、国が提供する「総合支援システム」の概要が初めて示されました 。
1. 「入児等のための支援給付」としての再定義
成育局長は、2026年度(令和8年度)からの本格実施に向け、「誰でも知っている制度」にすることを目指すと宣言しました 。単なる一時預かりの延長ではなく、子ども・子育て支援法に基づく新たな給付制度として位置づけられた点が最大の変更点です 。
2. 「総合支援システム」の導入とDX化の波
国が構築する「総合支援システム」は、予約管理から請求書発行までを一気通貫で行うものです 。
- 機能の詳細: 保護者がスマホで施設検索・予約を行い、アレルギー情報や緊急連絡先を事前登録できる仕組みです 。
- 松戸市の報告: 松戸市の秋谷構成員からは、システム導入により利用人数が前年度の2倍近くまで増加した実績が示されました 。しかし、一方で視察や問い合わせ対応に追われる職員の負担も深刻化しています 。
- 現場の懸念: 王子構成員(代理)からは、既存の園児管理システムと連携できない場合、二重入力が発生し、現場の事務負担が逆に増えるのではないかという鋭い指摘がありました 。
3. 先行自治体・団体からのフィードバック
- 福岡市の「定期利用」モデル: 福岡市では「福岡市型」として月最大40時間の設定で実施 。週1回の定期利用に絞ることで、事業者は保育士を計画的に配置でき、保護者も「確実に預けられる」という高い満足度を得ています 。
- 経営の持続可能性: 全国保育協議会の伊藤構成員からは、「常時職員を抱える一般型は現状の単価では維持が困難。基本分の単価設定が必要」という切実な訴えがありました 。
- 広域利用の課題: 市町村を超えた利用(広域利用)が原則ですが、愛知県の森川構成員からは「自自治体の住民を優先せざるを得ない」という現場の優先順位が示されました 。
【こども誰でも通園制度】ルールの具体化と「質・安全」の担保
第2回検討会では、公定価格の改善案や、運営基準(初回面談、研修など)の方向性が示され、議論はより実務レベルへと深化しました 。
1. 公定価格(単価)の改善と新たな加算
運営の持続可能性を確保するため、2025年度(令和7年度)の単価引き上げ案が提示されました 。
- 基本単価の引き上げ: 0歳児で1時間あたり1,700円(案)など、試行的事業より高い単価設定が検討されています 。
- 加算項目の創設: 障害児や医療的ケア児への加算に加え、キャンセル対応や書類作成の手間を考慮した加算、保育士100%配置の場合の加算を求める意見が相次ぎました 。
- 利用料の徴収: 給付費は利用料を差し引く形ではなく、給付として満額を支払い、利用料は別途施設が徴収する形が提案されています 。
2. 「初回面談」の義務化と安全性
事故防止と信頼構築のため、内閣府令で事前の面談を義務付ける方針です 。
- 対面かWebか: 事務局案では「オンライン可能」とありましたが、小木構成員らから「基本は対面とすべき。子供の様子を直接見る必要がある」との指摘があり、Web面談は例外的な扱いに整理される見込みです 。
- 面談の費用: 清原構成員からは、「初回面談を確実に実施するために、公定価格での加算対象にすべき」との提言があり、事務局も検討を約束しました 。
3. 従事者の研修要件と人材確保
2026年度(令和8年度)以降、保育士資格を持たない従事者には新たな研修コースの修了が義務付けられます 。
- 経過措置: 研修カリキュラムの完成時期を考慮し、2026年度は既存の研修(子育て支援員研修等)受講者でも従事可能とするなどの猶予期間が設けられる予定です 。
- 幼稚園教諭の参入: 内野構成員(全日本私立幼稚園連合会)からは、幼稚園教諭免許保持者への研修免除や特例を設けることで、幼稚園からの参入を促進すべきとの提案がありました 。
4. 利用時間の上限「月10時間」を巡る攻防
本格実施当初は「月10時間」が上限となりますが、地域の実情に合わせ「3時間から10時間未満」の設定も可能とする経過措置が提案されました 。
- 時間の拡充: 赤坂構成員(全国小規模保育協議会)や奥山構成員からは、10時間では短すぎるという声が根強く、将来的な時間拡充を求める意見が相次ぎました 。一方で、愛着形成の観点から慎重な対応を求める声も上がっています 。
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自治体現場の「肌感覚」と経営リスクの真実
議事録からは、単なる制度解説では見えてこない、施設運営における「隠れたリスク」が浮き彫りになっています。
1. 施設運営の「類型」による収益性の違い
現在、以下の3つのパターンで運用されていますが、それぞれの経営的課題が議論されています。
- 余裕活用型(約46%): 既存の定員割れ枠を活用 。追加コストは低いものの、年度途中に正規入園があると枠を閉じざるを得ず、安定的な収益計算が難しいという側面があります 。
- 一般型(約54%): 専任スタッフや専用スペースを配置 。福岡市の事例のように「定期利用」を組み合わせることで安定稼働が可能ですが、基礎的な固定費(補助金)がないと、空きがあるだけで赤字になるリスクを抱えています 。
2. 事務・心理的負担とハラスメント対策
- 予約管理の煩雑さ: 小規模施設では、システム登録の手間自体が大きな負担となっています 。
- 安全管理義務: 菊地構成員(社会保険労務士)からは、事業者として安全配慮義務を負う中で、保育者を守るための「契約書」「同意書」の書き方、そしてカスハラ(カスタマーハラスメント)対策のガイドライン化を求める声が上がりました 。
- SIDS対策: 竹原構成員からは、慣れない初日の預かりにおけるSIDS(乳幼児突然死症候群)リスクを強調し、研修内容に盛り込むべきとの提言がありました 。
3. 広域利用のシステム運用
福岡市や愛知県、松戸市からは、自住民を優先するための「優先予約枠」の設定について具体的な要望が出されました 。事務局も、広域利用を認めつつ自治体の判断で優先枠を設定できる運用の検討を認めています 。
現場が直面する負担とそれを乗り越えるポイント
試行的事業の結果、保育現場からは負担を懸念する声が多く上がっています。経営層として取り組むべき具体的な解決策を整理します。
■費用面の負担と解決策 最大の懸念は、専用システムの導入費や人員配置に伴う人件費の増大です。
- 解決策:ICT補助金と手厚い補助率の活用 「乳児等通園支援事業実施事業所整備事業」や「ICT化推進等事業」の補助を活用してください。補助率は国が1/2、市区町村が1/4を負担する仕組みになっており、園の持ち出しを最小限に抑えられます。+4
- 解決策:千葉県松戸市のDXモデル 松戸市では、市独自のシステム導入支援により、実績集計や請求事務の手間を大幅に削減しています。さらに、駅前送迎保育ステーションとの連携など、事務だけでなく利用者の動線そのものを効率化する視点を取り入れることで、コストパフォーマンスの高い運営を実現しています。
■作業工数の負担と解決策 予約管理、実績報告、そして義務化される初回面談など、事務作業の煩雑さが課題です。
- 解決策:国が提供する総合支援システム 国が提供する「総合支援システム」を活用することで、予約から自治体への請求までを一気通貫で行えるようになります。+1
- 解決策:福岡市の定期利用モデルによる平準化 単発の予約(自由利用)は当日キャンセルのリスクが高く、事務対応も都度発生します。福岡市が採用している「曜日固定の定期利用」を導入すれば、人員配置の計画が立てやすくなり、事務作業もルーチン化できるため、実質的な工数を削減できます。
■現場の反発・心理的ハードルと解決策 「ただでさえ忙しいのにこれ以上仕事を増やさないでほしい」という職員の反発は、どの園でも起こり得る問題です。
- 解決策:やりがいと社会的意義の可視化 データによると、保育者の約7割が負担増を感じる一方で、約9割が「こどもの成長を感じる」と回答しています。+1 制度を単なる託児ではなく、虐待防止や孤立防止という社会的意義の高い仕事として再定義することが重要です。
- 解決策:石川県七尾市の地域共生モデル 震災を経験した七尾市の園では、未就園児を含む地域の親子の支えとなることで、園の存在価値が再認識されました。地域に必要とされる実感が、職員の誇りとモチベーションに繋がります。
- 解決策:新研修コースの導入と役割分担 2026年度から創設される「新研修コース(乳児等通園支援従事者)」を修了すれば、保育士以外のスタッフも専門性を持って従事できます。+2 全員が保育士でなければならないという固定観念を捨て、チームで対応する体制を構築することで、個々の職員の負担感を分散させることが可能です。
施設運営者が本格実施に向けて準備すべき「5つの戦略的ステップ」

検討会の議論の経過を踏まえ、経営層が今取り組むべき実務を整理しました。
ステップ1:自園に最適な「運営類型」のシミュレーション
既存の0歳児、1歳児の入園動向を分析し、「余裕活用型」でスモールスタートするか、補助金を見越して「一般型(定期利用中心)」で攻めるかを決定します。2025年度の引き上げ単価(1,700円案など)に基づき、スタッフの人件費と照らし合わせた損益分岐点を算出してください 。
ステップ2:定款・事業規則のアップデート
本格実施は法定給付事業となるため、多くの施設で定款や事業規則の変更が必要になります 。自治体の12月議会での条例制定スケジュールを確認し、並行して理事会での承認フローを整えておく必要があります 。
ステップ3:初回面談の標準化と「質」の担保
義務化される初回面談を、「誰が」「どのタイミングで」行うかフローを構築します 。
- ヒアリングシート: アレルギー、睡眠のリズム、癖などを短時間で把握するためのシートを準備。
- 法的防衛: 事故防止のための同意書や、キャンセル料の規定、カスハラ防止に関する一文を契約書に盛り込むことを推奨します 。
ステップ4:研修受講のスケジュール管理
2026年度(令和8年度)以降、無資格のスタッフを従事させる場合は新研修の受講が必須となります 。
- 対象者の抽出: 現在のスタッフの資格状況を確認し、誰が経過措置の対象か、誰が新研修を受けるべきか、シフト調整と合わせて計画を立ててください 。
ステップ5:キャッシュレス導入とDX対応
事務局はキャッシュレス決済の導入を推奨し、予算事業の対象としています 。事務負担軽減のため、国の「総合支援システム」と自園のワークフローをどう同期させるか、マニュアル化を進める必要があります 。
結び:制度を「負担」ではなく「地域ブランディング」に変える
「こども誰でも通園制度」の本格実施は、保育業界にとって大きな転換点です。検討会では、多くの構成員から「利用した保護者の満足度は極めて高い」との報告がありました 。
経営者にとっては、事務負担や人件費の課題を一つずつ解消しつつ、この制度を「将来の園児獲得」や「地域における園のプレゼンス向上」に繋げる長期的な戦略として捉えることが重要です。
秋田座長が締めくくったように、「関わった方が誰でも満足がいただけるような制度」にするためには、施設側の創意工夫と、国への継続的な要望が不可欠です 。本格実施までの残された時間を、質の高い保育を提供するための準備期間として最大限に活用していきましょう。
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